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宇都宮家庭裁判所 昭和50年(家)208号 審判

申立人 住久間美代子(仮名)

昭四五・五・一四生

右法定代理人親権者母 佐久間洋子(仮名)

主文

申立人の氏「佐久間」を父の氏「荒木」に変更することを許可する。

理由

一  本件申立の要旨は、申立人は親権者母佐久間洋子と父荒木和男との間に出生した婚外子であるが、昭和四五年七月一五日父から認知され、出生以来父母のもとで監護養育されており、通称として父の氏「荒木」を称しているが、今度幼稚園に入園するにつき父と氏を異にすることは何かと不便なので、戸籍上も父の氏を称したく、本申立に及んだというものである。

二  筆頭者荒木和男、同佐久間洋子の各戸籍謄本、世帯主荒木和男の住民票写、東京家庭裁判所昭和四一年(家イ)第五八三五号夫婦関係調整調停事件調停調書謄本、宇都宮地方裁判所昭和四三年(ワ)第一六八号慰藉料請求事件口頭弁論調書(和解)謄本、申立人母佐久間洋子、同父荒木和男、荒木和男の妻荒木芳枝各審問の結果によると、申立人が述べる上記事実がすべて認められるほか、つぎのような事実が認められる。

申立人の父和男(昭和四年二月二二日生)とその妻芳枝(昭和五年九月一日生)は昭和三二年二月二〇日婚姻届をし、芳枝の現住所である東京都大田区田園調布○丁目○○番○号に同居し、その間に長男太郎(昭和三三年六月一日生)、二男二郎(昭和三九年八月八日生)が出生し、現在太郎は高等学校一年生、二郎は小学校五年生である。和男は医師で、昭和三八年頃○○大学病院に勤務し、その傍ら栃木県大田原市所在○○大田原病院に毎週幾日か出張して診療にあたつていたが、当時上記○○病院に看護婦として勤務していた申立人の母洋子と親しくなり、和男は昭和四一年一二月東京家庭裁判所に芳枝を相手方として夫婦関係調整の調停申立をし、その結果同四二年四月一〇日調停が成立した。その調停は、和男と芳枝は当分の間別居する。別居期間中芳枝において太郎、二郎を監護養育し、和男はその間芳枝らの生活費として一ヶ月六万円宛支払う(そのほか毎年六月および一二月に各六万円)、芳枝は和男が将来宇都宮市において医院を開業するにつき干渉しないが、和男は洋子を看護婦として採用しないことなどを内容とするものであつた。しかし和男は昭和四二年一〇月申立人肩書住所において内科医院を開業するとともに、洋子と同棲し、洋子は看護婦の職務に従事した。そのため、芳枝は宇都官地方裁判所に洋子を相手方として慰藉料請求訴訟(昭和四三年(ワ)第一六八号事件)を提起し、該事件は、昭和四九年六月六日、洋子は芳枝に対し同年七月三一日かぎり慰藉料二〇〇万円を支払うこと、和男は洋子の債務の連帯保証をすることの和解が成立し、上記二〇〇万円は約束のとおり芳枝に支払われた。一方、和男は昭和四三年一一月宇都宮地方裁判所に芳枝を相手方として離婚等請求訴訟(昭和四三年(タ)第三〇号事件)を提起し、該訴訟は東京家庭裁判所の調停に付せられ、調停が重ねられたが、双方は離婚そのものには原則的に合意したが、離婚の条件について合意ができなかつた(芳枝は和男の妹所有名義の現住居建物および現金五〇〇万円の取得を要求し、和男は建物の所有権移転を容認しなかつた。)ため、再び宇都宮地方裁判所において訴訟係属中である。和男は芳枝に対し調停で決つた生活費を支払つていたが、芳枝は昭和四八年東京家庭裁判所に和男を相手方として生活費および教育費の増額を求める婚姻費用分担請求の調停(昭和四八年(家イ)第一八一五号事件)の申立をし、現在調停係属中である。芳枝は現在まで、和男から支払われる前記金額の生活費と、弁護士である父の手伝いなどをして得る報酬と、父の援助とによつて、太郎、二郎を養育しながら生活しており、太郎は、これまで学費などの不足分はその都度単身和男方に赴き和男から支給を受けており、その際泊ることもあつて、申立人を散歩に連れ出すこともあつた。二郎は、生後間もなく喘息に罹患し、昭和四九年頃から症状が悪化し、同五〇年四月中旬からは入院を続けている。芳枝は、申立人の本件申立に対しては、申立人が芳枝、太郎、二郎と同籍することになることは、太郎や二郎の将来の結婚や就職に支障があること、洋子が当初芳枝に対し和男と手を切ることを再三約束し、和男も承知していたこと、前記調停に違反したことを理由に強く反対している。

三  婚外子の氏を父の氏に変更するについては、婚外子の利益ないし福祉を考慮するとともに、正常な婚姻を基盤とする家族関係および家族生活を維持、擁護するため、婚外子が氏の変更に伴い父の戸籍に入籍することに対する、妻および嫡出子の感情上、社会生活上の正当な利益を考慮しなければならないところであり、上記の審判にあたつては、両者の得失を比較考量して決すべきである。

上記の事実関係に徴すると、芳枝が本件申立に反対する所以は、申立人が芳枝および太郎、二郎と同籍することに対するふんまん、屈辱感および太郎、二郎に及ぼす影響についての懸念にあるものと解せられるところ、原因のいかんはともかくとしても、洋子によつて、事実上妻の座を追われ、幸福な家庭生活を破壊されたうえ、その洋子と夫との間の子である申立人が同籍することになることに思いを致すと、上記の感情は同感できるものがあり、また、上記の懸念も理由あるものといえる(なお、太郎は現状を肯定し、申立人を受けいれているようにみられないでもないが、それは全事情に対する深い認識を持たないことからくるものといえるから、この点は考慮に入れない。)。

しかしながら、和男と芳枝の別居生活は既に一〇年になろうとしており、破綻の責は主として和男に帰せられるとしても、両者の夫婦関係は全く破綻し、回復の望みはないものといえる。そして、芳枝としても、そのことは自覚し、現在では条件さえ整えば離婚に踏み切る心境になつているものと推測される。そうであれば、離婚の訴訟の帰趨は別としても、和男は開業医として相当多額の収入を得ているものと推察されるのであり、離婚に伴う経済的負担を担う能力は十分あるものと認められるとともに、これまで一応の生活費、教育費を滞りなく支払つており、当裁判所の審問にあたつては、太郎、二郎が大学を卒業するまでの学費を負担する意思あることを表明しており、また、申立人代理人の申出によると、和男は、婚姻費用分担の調停において、その費用として毎月一五万円は負担する意思あることを申出ていることが認められることなどを併せ考えると、上記負担についての誠意あることも認められるので、和男および芳枝において冷静に事態に対処すれば、離婚の条件について合意ができ、離婚にいたることも必ずしも不可能とは思われず、あるいは離婚にまではいたらなくとも、和男において相当額の芳枝らの生活費および教育費を負担することによつて、両者間にそれぞれ相手方の現状を容認する形の了解が成立することも期待できることである。そして、太郎、二郎の就職、結婚までには未だ相当の期間があると考えられるので、それまでには上記のような何らかの解決が期待できる。

一方、申立人は出生以来和男と同居しているが、和男が家庭生活および社会生活上主体となつているので、父と氏を同じくすることによる社会生活上の利益は大きなものがあり、また、幼稚園に入園するにあたり父と氏を異にすることが明らかになることは、幼な心にとつても異様に感ぜられるとともに周囲から奇異の眼をもつて見られることから、心身の健全な発達に悪影響があることが考えられるので、父と氏を同じくする必要性は大きいといえる。

以上の事情を比較考量すると、芳枝の反対にもかかわらず、申立人の氏を父の氏に変更することは、申立人の福祉上相当であるといえる。

よつて、本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 浜野邦)

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